野生のパンジー

文化人類学の話

文化と呼ばれるさまざまなことがら③

・「社会的なるもの」

 人類学は本当に他者表象の学問だったのだろうか。そうでないとすればどのような学問だったのだろうか。人類学の歴史を見るに、必ずしもそうではなかった。むしろ、個人や民族と呼ばれる集合態に還元しえないような「社会的なるもの」の領域を記述していたのである。個人であれ集団であれ、その人々について語るのではなく、その人々が行っている実践とそれがおりなす体系性を語るのである。例を借りれば、将棋をプレーする人々についてではなく、その人々が実践する将棋というゲームそのもの、盤面のコマ一つ一つとそれが織りなす譜面に焦点を当てるということである。事実、人類学者がこれまでフィールドで対面していたのは、人間が演じるこのようなゲーム、「社会的なるもの」の様々に異なった具体的な姿そのものだったのである。それが絶えず個人ー集団という軸の中に回収されていき、結局はそれが個人を超えた集合態の属性でもあるかのように想像されてしまっていただけなのである。

 そもそも、人類学者が具体的な事象から出発して「民族」ないしは「社会」について語るということはどういうことなのだろうか。個々の〇人についての事実を一般化してカテゴリーとしての〇〇人を見出すことだろうか、それとも〇〇人と呼ばれる人に共通の要素を見出して語ることなのだろうか。または〇〇人がもつ要素の総和なのだろうか。このとき私たちは、〇〇人は個に対しての類、ないしは自然種として語っている。しかし、人類学の語り口は常にこの形をとっているわけではなかった。むしろそれらの語りとは根本的に異なっていたとも言える。もちろん、人類学者の中にこのような語りをするものがいないわけではなかった。むしろ、一連の裁判の記録や対抗妖術の語りを対象としていた人類学者は、もっと別のものを想定していたはずだ。

 彼が見ようとしていたのは、数ある行動・実践を透かして見えてくるパターン、それにそって出来事を組み替える作業によって見えてくる、知識や行為の断片よりは上位の階層にある、何か体系性のようなものであった。ここでの個と上位の体系性の階層関係は、個と類の関係とも個と自然種の関係とも異なっている。つまり体系性とは、個ー集合態という軸には決して還元しえない「社会的なるもの」なのである。

 例えば社会における事実である「職業」と「分業」の関係を考えてみよう。「職業」は個人の事実として確認できるものであるが、「分業」を個人の事実として語ることはできないだろう。もちろん、両者が無関係であると言うこともできない。では、どのような関係なのかと言えば、それは個々の職業という事実の総和でもなく、あるいはそこに公約数を見つけることでもなく、むしろそれらが上位の階層のシステムの要素としてとらえられたときに初めて可視化する事実なのである。

 この種の体系性が記述の対象となっているとき、もはやそこに「〇〇人の」「〇〇族の」というカテゴリーを登場させる必要などどこにもない。人類学者がフィールドで個人とのやり取りの中でその都度遭遇する数々の実践や知識の断片は、そのごちゃまぜの集合体の中からパターンに沿って体系性を透かして見るという作業を経ることによって、もはやその体系性を備えている具体的個人など想定しえないからである。それは分業を個人で行っている人がいないように(試しにある人に「分業をしてみてください」と聞いてみればその珍奇な響きに気付くだろう)、そして集団とは結局のところ個人の総和でしかないように、民族という個人ー集合態の軸には還元しえない知を発掘する作業に他ならないからである。

文化と呼ばれるさまざまなことがら②

・他者表象への批判

 人類学は他者表象の学問だという認識が一般的である。人類学といえば〇〇人、〇〇族のあるいはそれらの社会・文化の研究をする学問であると自己を規定し、また他者からもそのように思われていた。人類学が対象として取り組んできたことがらは、常により具体的で限定されたものであったはずが、上のような漠然な物言いに何の疑問も持たずにこれまできたのである。そして、他者表象への様々な批判がなされるようになるにつれ、まるで他者表象が人類学の最も重大な問題であるというふうに語れる状況を見るにとり、このような規定が広く用いられていることがわかる。

 人類学者が〇〇人を研究していますということがそれほど当然だっただろうか?たとえば、人類学者がこれまで対象としてきたのは、ある特定の人から聞いた世界の始まりの話であったり、ある災害とそれに対する呪術の語りであったり、ある事件に関する一連の裁判の記録だったりしたはずだ。それをすべて〇〇人の研究だ、などとくくって言ってしまうのはあまりにも横暴な話ではないか。それを受けて人類学者も「わたしは〇〇人の研究をしています」などと言ってしまう。まるですべての人類学的研究が最終的には〇〇人、〇〇民族の肖像を描くことを目的としているような語り口だ。事実、人類学者はその研究を「民族」誌(ethnography)として残す慣習がすっかりお馴染みになってしまっている。そして人類学がある民族を語っているとみなされたまさにその時、オリエンタリズム批判、ポスト・コロニアリズム批判の下にさらされる。

 人類学者は問われる。「その〇〇族は、はっきりとした境界をもっているのですか」「なぜ特定の人にしか聞いてないのに、それが〇〇族の全体のものとして語る根拠はどこにあるのですか」「〇〇族が共通してもっている見解なのですか」「その民族誌は現在形で書かれていますが、〇〇族はいつもそうなのですか、変化はしないのですか」…もちろんすべての質問にノーと答えるほかないだろう。だとしたら人類学者は、何かよくわからない対象について研究してきたということになるのだろうか。しかし、実際に研究してきたのは裁判の記録であったりと、かなり具体的なものであったはずだ。それらが「民族」というあいまいな概念の範疇に閉じ込められた途端に議論の雲行きは怪しくなってくる。そして、オリエンタリズム批判から始まる一連の疑問の中で、極めつけの質問、「なになに族の人々に代わって、なになに族の肖像を描いて見せようというあなたは、そもそも一体何者なのですか。なぜあなたにはそうする力があるのに、なになに族の人たちの方はあなたによって描かれるだけの存在になっているのだとお考えですか。そうした不均衡が何によってもたらされ、何を意味しているのかを考えることなく、またそれに対して何とかしようとする代わりに、あなたはその不均衡をただただ前提として、それをいいことに語っているのではないでしょうか。そもそもどうして、あなたの提出するなになに族の肖像画には権威があるということになるのでしょう。当のなになに族自身の声が抑圧されているところで、どうしてあなたの描く姿を、なになに族の真の姿として認めなければならないのでしょう。オリエンタリズムの場合と同様に、あなたの提出するその姿が、あなたの属する社会となになに族の人々のあいだの力関係がもたらした虚像でない保証がありますか。そしてそれはそうした力関係を永続化させる装置の一部になっているのではないでしょうか。」こうして人類学は、出口のない自己吟味の運動の中に投げ込まれるのである。

 これが今日の人類学において重大な問題であることは疑いようがない。人類は地球上のいたるところで自己を規定し、それとは異なる「他者」を見出し、そのイメージを産出し続けた。西洋世界が非西洋世界の印象を造形し、それを非西洋世界に一方的に押し付ける過程が、近代化を進行し完遂する西洋による非西洋世界の周辺かと支配を形成する一助となっていた事実は無視できない。そして非西洋の表象産出がいかにして西洋による非西洋世界の支配を動機づけまた可能にし、人類学がその表象産出の過程の一部を担っていたという点を吟味することは、今日における人類学の意味を再創造する上でも重要だろう。人類学を政治の磁場の中にとらえられた西洋による文化的他者表象ゲームの一端と認めることで、ある種の諦念が浮かんでしまうのも無理はない。

 しかし、人類学はそもそも本当に他者表象産出をその活動の中心としてとらえていたのだろうか。〇〇族とかいう集合的他者を語る学問であるという自己規定にこそ何か問題があったのではないだろうか。何かそこに大きな誤解が生じているのではないだろうか。

文化と呼ばれるさまざまなことがら①

・そもそも<文化>とは何ぞや?

 私は文化人類学を専攻しているが、よく親や友人から「なんの研究をしてるの?」と聞かれる。困った質問である。その場合はたいてい、本当は違うのだがいちいち説明するのも面倒なので「フィジーの文化です」と答える。しかし、この<文化>と呼ばれるものがなかなかに厄介なものである(厄介だから本当はその用語を使いたくはないんだよ)。フィジーの文化を研究しているというが、では<文化>とはそもそもいったい何を指しているのか、という問いに対してはしばしば私は口をつぐむしかないのである。

 <文化>とは一体何を指しているのだろうか。世間一般に見る様々な<文化>という言葉を集めてみよう。文化人、文化包丁、文化事業、文化的暮らし…これらの単語に含まれる<文化>という言葉が意味するものは、お上品、高尚、洗練、なんにせよプラスのイメージだ。また、最近流行りだした(すぐ廃れた)カルチュラル・スタディーズと呼ばれる学問領域が対象としているものもまた「文化」であろう。ここでの文化が意味するものは、芸術作品やその他知的生産から、ファッションや広告にいたるまでのなんらかの記号的な産出行為を含み、それを文化生産と呼んでいる。しかし、このような意味での「文化」なんて上に挙げた文化包丁の「文化」を希釈して拡張しているだけなのではないだろうか。意味をそこまで拡大してしまえば、そのような意味での「文化生産」なんてそもそも実在するだろうか。結局のところ、およそ人間が行う産出行為をすべて研究していますと言っているようなもので、そこに「カルチュラル」をつける意味など、それがファッショナブルな感じがすること以外に見出せるだろうか。

 このような<文化>の語り口とは別の使われ方がある。「家に上がるときに靴を脱ぐのは日本の文化だ」とか、「米食は日本の文化だ」といったものである。私が優美に朝食のご飯を納豆とともに駆けこむ姿が無形文化財に登録されているという可能性がないとすれば、ここで語られる「文化」とはなにがしかの習慣となっている行為であろう。ここで注意したいのが、これがただの慣習的行為なのではなく、ある集団を想定してその中で共同性を持った慣習的行為だということだ。例えば私が人前でゲップをする慣習があったとして(もちろん例えであって事実とは異なると強調したいのだが)、それを日本人の文化とは呼ばないだろう。つまり、共同性ないしは集団的枠組みを想定し、それを特徴づけるような慣習的行為を「文化」と呼んでいるのである。単に行為だけでなく、日本人を日本人たらしめているにふさわしいと考えられている様々な文言が、この語り口で語られる。

 <文化>に対するこの文言で問題となるのが、単なる習慣性つまり、誰が、どのくらいの頻度で行っていて、どれくらい広くみられるか、という問題だけでなかったりすることである。ご飯とみそ汁は日本の文化だというのはいいが、たとえどれだけの人が朝食にパンとコーヒーをとっていたとしても、それは外国の文化だ、と言われたり、あるいはパンとコーヒーも今や立派な日本の文化の一部だ、と言われたりすることだ。逆に今ではめったに食べないお茶漬けを、外人から「やっぱりお茶漬けは日本の文化でしょ」と言われれば、そんな気もしてしまう。「本来の」日本の文化や「正しい」日本の文化と語られることもある。

 ここで問題になるのは、誰がどのくらいの頻度で、ということではなく、それらがある集団的枠組みを念頭に置いていることにある。私たちはこういう人間なんだ/あいつら(他者)とはこういう人間だと決めつけることに関係している。自己規定や他者規定のプロセスと密接にかかわっている。「文化」は集合的アイデンティティのよりどころとしての役割を担わされている。実際には、単なる事実問題として、このような人たちがこれこれの頻度でしかじかの行為を行っていると記述しても、それがある程度の共同性を前提としてしまっている限り、この自己規定と交錯する機会が必ず訪れる。

 文化はいつだってハイブリッドだ、とかしたり顔で言っている人がいるようだが、<文化>がハイブリッドだったことなんて一度もない。たまたまこの自己規定/他者規定のプロセスが交錯し、ずれが生じているところを目撃しただけの話だ。ただ単にこの自己規定/他者規定のあり方が複数的・不確定なだけの話である。

 そして「文化」がまさしくこのような自己規定/他者規定の分析概念としての役割を担わされてしまったとき、文化人類学オリエンタリズム批判やポスト・コロニアル批判の下にさらされた。

思考メモ:支配

 支配という言葉で想像するのは「AはBを支配している」のような状態、まあつまりBに対するAの優位性なんだけど、ちょっと考えるとこれって「BはAを支配している」ともとれるんじゃないか。というのもAがBを支配という関係の中においてるとき、その優位性はBの存在なしでは語れない。Bの劣位性があって初めてAはBに対して支配を行っているといえる。BがいることによってAの行動は動機付けられている。そう考えるともう優位/劣位という二項対立すらナンセンスに思えてくる。実は人が人を支配しているということは、ほんとは両者の社会関係に支配されているということなのかもしれない。関係や規則に支配されているということ。私が自分が日本語文法を完璧にマスターしていることを言い表したいときに、「私は日本語文法を支配しています」なんて言うこともできるけど、これって裏を返せば私は日本語文法という枠組みの中にとらえられてるともいえる。完全に正しく日本語文法を使いこなせているということはすなわち日本語文法によってすべての言葉を制御されているということにほかならない。文法規則に完全無欠に従う=支配されているということじゃないか?

 と、ここまで考えたけどここから進まない。この辺の話に関していいヒントはないだろうか?

現実を構成する想像力

 前回書いたオカルト・物語・想像力についての記事で参照した浜本満が別の論考で、前回出てきた現実構成的想像力に関してより詳細な説明をしていたので脳内整理のためにまとめようと思う。

 

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・「現実」対「想像」

 私たちはオカルト的な語りが「想像的なものだ」と言われても特に不自然には感じない。それはすっかりおなじみになった「現実」と「想像」の二分法にあまりにも忠実だからだ。想像という言葉には、しばしば現実との対比において非現実的なものを指す使い方がある。想像上の生物と言えば現実には存在しない生物のことだし、「想像の共同体」なんて言えば、想像されているだけで実は存在しない虚構のような雰囲気を醸してしまう。現実は人の主観とは独立して外在するものと考えられている一方で、想像とはもっぱら個人の思うままに行使できる何かのようにとらえられているようだ。このように現実と想像を相反する概念のように扱ってしまうことで、私たちがいうところの「現実」がその実いかに想像的に構成されているかという事実に盲目になってしまうと浜本は言う。

 現象学が明らかにしてきたように、人は自らの意識に対して立ち現れている対象にしか働きかけることはできず、またそのように立ち現れている世界の中で生きている。人が生き、また働きかけるような現実とはしたがって、意識の外部に独立して存在している何かではなく、意識の対象として意識に対し立ち現れた限りにおけるさまざまな存在、それらの諸様態にすぎない。浜本が言う想像とは、このように現実が意識に対してもたらされる仕方なのである。

 

・「認識」と「想像」

 なぜ、その仕方を「認識」ではなく「想像」と言い換えるのか。認識という言葉には認識に先立ってその対象が独立に存在するという考え方と結びつけられやすい。そこでは、その対象をどう認識するか、ということが問題になり、しばしば「正しい/間違った」という二項対立と密接に結びつけられてしまう。これに対し想像は非現実的ないしは不在の対象を意識にもたらす過程としてとらえられており、対象の先在性にしばられないという利点がある。そしてまさに想像のこの用法において、想像と現実の二分法の乗り越えが容易となる。非現実的なファンタジーという意味の想像や、非現実だと考えられてしまうオカルト的実践を、「現実」の認識だと考えられているものと共通の理論的基盤に立って扱うことが可能になる。ここで問題の主題となるのは、これらを区別する暗黙の境界なのである。

 

・想像される現実

 この意味での想像は、経験的与件・現象的な表れと意識にとっての構成された対象の姿の間の隔たりと、その構成作業の自由度をよち正当に評価する。最も直接的な知覚された現実においてすら、現実は実際に経験的に与えられてる以外のさまざまなものを補完した姿で提示され経験される。裏側を見たこともない建物を、裏側と奥行きを備えた建物として経験される。歪な平行四辺形の3つの面から立方体を見る。このように経験された現実とは、常に不在の空間の補完作業によって広大な奥行きをもたらされて成り立っている。浜本はこの過程を「想像的」と呼ぶにふさわしいと考える。このように考えたとき、現実とは結局のところ私たちが自分の世界をどのように思い描いているかの問題だという言い方は、単なる修辞以上のものとなる。何が現実的/反実的か、可能/不可能かという一連の想像内容から私たちの世界はなりったっている。そしてその思い描き方が一様ではないという点でもまさに現実は想像的なのだ。

 

・現実の想像的自己再生

 想像が実践を動機づけるとき、しばしば想像したとおりの現実がそこに見出される点にも注意したい。人は可能であることをやろうとし、不可能であることはやろうとしない。そして可能だと思われていることはしばしば実現されるし、不可能だと思われていることは実現されない。こうした可能/不可能をめぐる想像が、実際に何が社会的に生起しうるかを大きく規定するというのは見やすい話だ。想像に即して振舞うことで、その想像を現実そのものにしてしまう回路が成り立っている。現実的であるということは想像的であるということと何ら矛盾しない。

 想像が現実に対して持ついわば強いられた性格は、さらに2つの拘束に由来する。一つは個々の主体がその想像が支える世界に対するチューニングの実践が作り上げる複雑な回路に多かれ少なかれ絡めとられているという拘束性であり、やや誤解を招く言い方をすれば「想像力の物質性」とも呼べるものである。もう一つは、こうした想像は社会的な相互作用、コミュニケーションの網の目の中で形成され、その拘束をうけているという、いわば「想像力の間主観性」と呼べるものである。

 

・想像力の物質性

 想像力は人々の実践の中にうめこまれ、実践を支えている一方で実践に支えられてもいる。想像が描き出している世界に対して、その想像に即して振る舞うことですべてが上手くいくのだとしたら、その想像のもとに立ち上がっている世界をリアリティ以外の何かとして考えなければならない理由はどこにもない。このような仕方であらゆる実践がチューンされているところでは、もはや現実はそれ以外の仕方で思い描かれうることは考えられない。このとき人々は世界をそういうものだと「思い込んで」いるというだけでは言い足りない。やや奇妙な言い回しとなるが、人々は世界をそのようなものだと「振る舞い込んで」いるのだと言える。人々が現実として思い描く想像は、別の言い方をすれば、実践が働きかけるような対象でありまた条件でもある物質的・実存的状況に、複雑かつ柔軟に連動しているのである。そして、ありとあらゆる物質的・実存的変化は、常に「予測不能な形で」新しい想像力を解き放ちうる。例えば、新しい技術の登場が新しい想像力を触発して解放する場合である。B.アンダーソンの『想像の共同体』の中で紹介された有名な話だが、印刷メディアの登場がある境界を持った空間の内部の互いに未知の人々のあいだに一つのネーションという共同性の絆を想像することを可能にした。こうした変化は、現実の根本的な変質をもたらしうるし、それはさらに想像力の世界に乱反射する。近代とは、こうした乱反射がめくるめく地すべり的な地殻変動を引き起こした時代であったともいえる。

 

・想像力の間主観性

 想像力は複雑な社会的コミュニケーションに埋め込まれている。ある個人は孤独に世界と対峙し、世界の対しての想像を生成しているわけではない。その多くは他者とのコミュニケーションを通じて、他者の語りを重要な源泉として作り上げたものである。語りを中継する過程で、人は常に意図したるいは意図せざる変更を付け加えているので、このコミュニケーションの空間は新たな想像がそこで形成されるばともなる。そして想像は再び他者とのコミュニケーションの回路に投げ返され、そこで消滅したり、生きながらえたり、あるいは増幅されて呪縛力をもって帰還してくる。想像はコミュニケーション空間の中で常時更新され、再生産される。この意味で想像の源泉は、個々の主体の中にあるといえる以上に、その人が属するコミュニケーション空間にあり、またそれに支えているので、個々人が自由にどうこうできるものではない。

 

・現実構成的想像力

 実際には、上記の拘束性は切り離して考えるべきではない。想像の実存的・物質的状況との連動は、状況に対する人々の働きかけやチューニングの実践のなかでおこるのだが、それ自体つねに社会的空間のコミュニケーションの諸回路を介して成り立っている。いずれの拘束性も、社会的想像の柔軟性と呪縛性・非任意性を同時に説明する。想像と物質的状況の実践的接点は想像の変化の舞台であり、コミュニケーション空間は想像の変調が予測不可能な過程にさらされる場である。しかしその想像の、個人にとっての非任意的で強制的なあり方も、この二重の拘束性に由来している。その産物は、あくまでも想像的なものではなく現実的なものとしか意識されえないし、また個人によって自由に作ったりキャンセルしたりできるものでもありえない。こうした想像を浜本は「現実構成的想像力」と呼ぶのである。

 

<参考文献>

浜本満 (2007)「妖術と近代―三つの陥穽と新たな展望」、阿部年晴・小田亮・近藤英俊編『呪術化するモダニティ:現代アフリカの宗教的実践から』東京:風響社、113-150

 

オカルト、想像、物語

 卒業論文の参考文献の一つを読み進めていくうちに、私が普段から考えている、人々の「信仰」に関してまさに目から鱗ともいえるような説明がなされていた。忘れないうちにメモをしておこうと思う。以下は参考にした文献の情報である。 

浜本満 (2014)『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌

     福岡:九州大学出版会

・オカルトの世界に生きるということ

 本書第3部では、ドゥルマ社会における妖術の信念の真理化がなぜ行われるかについての説明がなされている。平易にかつ私たちにより馴染みの深いたとえを用いて言えば、「いかがわしいオカルトのような類のものが、それを信じる者にとってなぜ<本当>のものとしてそのような人々を縛り付けるか」という問いに対する説明がされている。このような問いに一般化できるように、ドゥルマ社会における妖術信仰は、決して「未開」「異端」というレッテルを貼って私たちの社会とは切り離して考えられるものではなく、私たちの社会においても深く根を下ろしている実践とも密接なかかわりがあるのだ。

 

 妖術の呪縛化は、物語の構造に関係している。物語とは筋書きに沿って出来事を関連付けつつ展開させる語りのことである。筋書きとは例えば、「ガラスのコップを落としたら、割れる」や「雨が降るとは、空から水が降ってくる」というような因果関係や定義をその最小単位としている。また、出来事の生起だけでなく、語りも筋書きと関連付けて理解される。つまり私たちは、言葉に表されていない筋書きを読み取ることで、相手の言わんとしていることを理解しようとしている。例えば、わたしたちは「彼女がブレーキを踏み違えたため、彼は全治6か月の怪我を負った。」という語りを前に、誰も彼女がブレーキを踏み違えたこととは関係のないところで、彼はなにがしかの理由で怪我をした、というふうにいは受け取らないだろう。交通事故という筋書きが理解を助ける働きをしている。

 

 私たちは現実世界において、どのような実践が可能であるかを想像し、その想像に即して実践する。そしてその実践が可能になったことによって想像が現実となる。そして想像によって構成された現実は、再帰的に想像の根拠ともなる。わしたちは普段このような想像のもとで現実を構築している。浜本はこれを現実構成的想像力と呼ぶ。筋書きは、現実構成的想像力の非常に大きな部分をなしている。例えば、店での多くの事柄は、「買い物の筋書き」に従っている。それは強盗の筋書きよりも「あて」にできる。人は筋書きをあてにして行動することで筋書き通りにことが進むが、そこで他者の存在は無視できない。実際には自己と他者との相互行為の中で筋書きは運用される。このとき、筋書きの再確認や修正、「マイクロチューニング」が行われる。こうして日常的な現実が構成されていく。しかし、災厄は筋書きにない出来事であり、物語としての筋書きの連鎖に回収しきれなくなるものであり、そこでは特別な物語が必要とされるが、そこで「オカルト的なもの」の出番である。

 

 「オカルト的なもの」は、日常的現実を構成する筋書きでは語ることのできない出来事を再配置し関連付けるときに核となる。しかし「オカルト的なもの」の奇妙な点は、それ自体だけを語られないところにある。わかりやすい例として、わたしたちに身近(?)な陰謀説をあげよう。秘密組織のスパイに自分が常に命を狙われていると確信している人の語る物語は、カーチェイスやいかにもの銃撃戦などではなく、彼が実際に経験した通常ならどうということのないできごとである。繰り返される不審な間違い電話、同僚の意味ありげな冗談、彼が入室したとたん中断されるひそひそ話、などなど。私たちが普段まともに取り合うこともない些細な出来事が、強引に陰謀に結び付けられる。陰謀の直接の証拠などはない(あるはずもない)ので陰謀そのものの出来事を語ることはできない。しかし、彼にとっては陰謀の存在こそがこうした数々の出来事の理由を説明するのだ。つまり陰謀は関係の不在の中心として機能している。そして、なぜ陰謀が存在するのかという問いに対しては、彼はいま述べたばかりの同じ出来事を証拠として挙げるしかない。陰謀と出来事、両者が互に相手の根拠となるような形で反照的な循環をなしている。浜本はこのような性質を「反照規定的循環性」と呼び、オカルト的なもののひとつの特徴とした。「オカルト的なもの」の物語に生きるということは、反照規定的循環に囚われることなのである。

 

 もうひとつの特徴は、「オカルト的なもの」の物語に内蔵される「現実生成のプログラム」である。「オカルト的なもの」の筋書きは、出来事を関連付けるだけでなく、それに従って行動するよう人々を導く。人々が筋書きに従って生きればそれは出来事を生成する。筋書きの中で新たな現実が生成していく。物語は現実を生成するプログラムでもある。ここでもまた私たちに(今度は本当に)馴染みのある、相性占いを例に挙げてみよう。相性の語りは、陰謀説に同様な反照規定的循環性を内包している(「相性が悪い」ことと些細な喧嘩が多いことの関係を考えてみればわかる)。そして、相性の語りはそこに呪縛されたものをある仕方で振る舞わせ、その結果その語りを正当化する現実を生成してしまうことによって、その呪縛をより強化する。占いなどで「相性が悪い」と判断された夫婦は、喧嘩の「本当の原因」を「相性の悪さ」に見出す。かつては喧嘩の原因を解消し、修復の努力を積み重ねたであろう不仲を、どうせ私たちは相性が悪いのだと努力を払わなくなる。かくして喧嘩の原因は累積し、次第に凝固して二人の間にしこりを残す。それを見て夫婦は、やはり私たちは相性が悪かったのだろう、と考える。「相性の悪さ」はこうして「現実」のものとなる。

 

 以上で想定したのは最悪のケースであり、「オカルト的なもの」の物語が常に現実味を帯びるわけではない。それは解消する場合もあれば、忘却されたり、そののちに復活したりもする。オカルトの世界に生きる=「オカルト的なもの」の物語に生きるとは、反照規定的循環の中に囚われ、オカルト的な筋書きに沿って現実の出来事が組み替えられてしまう、そのような現実に生きるということである。

うんこはなぜ汚いか

・うんこは「わたし」?

 タイトルを見て、何を言ってるのかと思った者もいるだろう。そんなの疑問に思うまでもない、汚いものは汚いのだ、臭いし、雑菌だらけだ、だから汚い、そういうものだ、と言われても納得がいく。しかし、においで言えばくさやや納豆だって相当に臭いし、雑菌に関してはこの世の中に雑菌がついてないものなどないと言える。このようにうんこがなぜ汚いかの理由にあれこれ詭弁を垂れて説得を試みても、最後には「生理的に無理」という反論とも言えぬ反論で言いくるめられるしかない。うんこが汚いのは当然なのだ、世界はそういうふうにできているのだ。

 そう、世界はそういうふうにできているのである。うんこは汚いし、おしっこも汚い、鼻くそも、床に落ちてる髪の毛も、鼻血も、したたる汗も、枕についたよだれも、みな汚い、そういうふうにできているのだ。と考えたときに、どうやらこれらは全部「人から出たもの」という共通項でくくることができることに気付く。ここを出発点として、「そういうふうにできている」とはどういうふうにできていることなのか検討してみよう。

 さて、ここで以前境界性の話で出てきたリーチとダグラスの議論を思い出してみよう。彼らにによれば、あるカテゴリーの境界領域は浄・不浄いずれかの形で聖性を帯びるという話であった。うんこの話に戻ろう。とても当たり前すぎる話だが、うんこは人の身体から排出されるものであるが、排出されるまでは人体の中にある。誰も人体の中にある状態のうんこを汚いと思わないが、それがひとたび外に排出されると汚いとみなされる。これはつまり、うんこが「身体(=わたし)」と「外界(=わたしじゃない)」の境界領域にあるがゆえに不浄の聖性(=けがれ)を帯びているからだと考えられないだろうか。しかしここでもう一つ疑問が浮かぶ。なぜ夕暮れ時は同じように境界領域に置かれながら汚さと結びつけられないのだろうか。

 単なる2つのカテゴリーの間の境界領域が問題でないのだとすれば、それはどんな種類の境界領域なのかという問題になる。身体と外界の境界が汚さと結びつけられる例を見ると、そこで問題になっているのは「内部(=身体)」をそれを取り囲む「外部」から分けている境界であることがわかる。境界性とけがれの理論化を試みたダグラスが、彼女がその際に繰り返し取り上げたのはこの内部/外部の境界であった。さらに話を発展させよう。

 この内部/外部の区別は秩序や社会についてきわめて強力なモデルを提供する。「秩序は無秩序によって囲まれている」という言い回しを誰もとりたてて奇異には思わないほどに内部/外部の図式は我々にとって秩序を考える際の基本的なモデルとなっている。また、内部/外部の図式は社会について考えるときの共同性に対するイメージを提供している。例を挙げると、犯罪者や不良は、実際には都会のど真ん中に住んでいたとしても社会の「片隅」にいる「はみ出し者」「逸脱者」などと言われる。ここで想定されている片隅とは、観念的空間としての社会の片隅であることは容易に想像ができる。つまり我々は観念としての社会とその共同性を、何か輪郭のあるものとして、その輪郭によってそれを取り巻く外部から切り離さされたものとして考えている。このとき、その境界は具体的に示すことができるものではない。だからといって社会や秩序を輪郭をもったものとしてイメージすることは全くの無根拠に基づくものなのかと言われれば、そうでもない。汚さがかかわるのはまさにここなのである。つまり、我々は何かを汚いと思うことによって、その都度見えない境界を具体的に感じ取っているのである。思えば、生まれてきたばかりの赤ちゃんにとって最も重要で根本的な問いは「わたしをとりまく世界はどのようなものか」「わたしとは何か」「わたしと世界の境目はどこか」というものである。人体から出たものは「わたし」であって「わたしでない」とても紛らわしいのであるがゆえにタブー視され、それゆえに「わたし」の範囲を確認するデバイスとなるのである。

 以上をまとめると、うんこが汚いのはそれが「わたしであってわたしでないから」であり、そして我々はうんこを汚いと感じることによって、「私とは何か?どこからどこまでが私か?」という問いに答えているのである。

・・・やはりうんこを題材に挙げたのは間違いだったように思う。